猟奇的な彼女

2007-03-30 17:00:00

宝くじを買ったりすることがあるのですが、

はずれてばかりです。

一度も当たったことがありません。

 

最近では「絶対に当たらない」という確信があります。

まあ、それでも買ってしまうのですが。

 

確率とは不思議なものです。

宝くじの場合、どういう人に1等が当たるのでしょうか。

運がいい人?

しかしそれは「運がいいから1等が当たった」のではなく、

「1等が当たったから運がいい」のでは?

 

単純に考えれば偶然、いいかえれば完全にランダムな抽選によって

1等が決まっているように思えます。

 

しかし本当にそうなのでしょうか?

 

僕はそこに見えない力が働いているような、

そんな気もしてしまいます。

 

たとえば、働かずに毎日酒を飲んで女房を殴って、

ギャンブルで多額の借金を背負ったダメ親父。

この親父が宝くじを大量に買ったとして当たるでしょうか。

 

僕は絶対に当たらないと思うのです。

科学的な根拠はまったくないのですが…。

 

とにかく、

なんの努力もせずに

宝くじを買っただけで問題が解決してしまうというのは、

世の中のいろんな法則を無視してることになる気がします。

筋が通ってないというか。

 

映画「猟奇的な彼女」にこんなセリフがあります。

「偶然とは、努力した人に運命が与えてくれる橋です」

 

その通りだと思うし、

そうでなければいけないと思います。

Category : 映画

ショーシャンクの空に

2007-03-15 17:00:00

「ショーシャンクの空に」という映画をみたことがあるでしょうか。

無実の死刑囚が

さまざまな苦難に耐えて

自由を勝ち取るまでを描いた作品です。

 

物語のなかで、主人公のアンディが、放送室に押し入って

刑務所内に大音量で「フィガロの結婚」を流す場面があります。

 

それを聞いた囚人たちは希望を取り戻すという

名シーンのひとつなのですが、

後日アンディは仲間であるレッドにいいます。

 

アンディ「心の豊かさを失っちゃダメだ」

 

レッド「どうして?」

 

アンディ「どうしてって、

人間の心は石でできているわけじゃない。

心の中には、他人には奪えないものがあるんだ…。

君の心にもね」

 

レッド「何だ?」

 

アンディ「希望だよ」

 

希望を持ち続ける限り、

人は前に進むことができます。

そして希望は自分が捨ててしまわない限り

なくならないのだということを

この映画で教わった気がします。

 

現在は「希望が持てない時代」というようにいわれたりしますが、

アンディがいうように、希望はだれの心のなかにもあるものです。

自分の希望に気づき、そしてそれを信じて進み続けることができれば、

この映画のように素晴らしいハッピーエンドが待っているはずです。

Category : 映画

GO

2007-02-25 17:00:00

子どもは父親の背中を見て育つ、

というようなことがよくいわれます。

 

父親というのは何もいわなくても

やるべきことをやっていれば、

大切なことは子どもに伝わる。

 

私も基本的には賛成です。

ちょっと古いかなとも思いますが

そういう父親というのも

それはそれでかっこいいし、

アリだと思います。

 

ただ、言葉で伝えることも大切だと思います。

 

父親は一生をかけてでも

子どもの人生の指標となるような

そういう言葉を残すべきだと思うのです。

 

窪塚洋介主演の映画「GO」にこういうセリフがあります。

乱暴で頑固な父親(山崎努)が、息子にいうのです。

「広い世界を見ろ。そして自分で決めろ」

 

その後、在日韓国人の主人公は、

広い世界を見るために、

日本人が通う普通の高校へ進学することを決めます。

 

人が何かを決めるとき、

その指針となるのは、

結局のところ、自分の価値観だと思います。

 

しっかりとした価値観を持つことは、

生きるうえで、一番大切なことかもしれません。

 

父親が子どもに残す言葉として

「GO」の父親のセリフは

ベストなのではないかと思います。

Category : 映画

ギャング・オブ・ニューヨーク

2007-02-15 17:00:00

最近、立て続けに友人の結婚式に呼ばれたのですが、

そういう幸せな場面を見ているときに、

必ず思うことがあります。

それは

今も世界のどこかで戦争がおこっている、

ということです。

 

映画「ギャング・オブ・ニューヨーク」にこんなシーンがあります。

映画の冒頭、ナイフでひげをそったあと、頬を切る父親。

そしてナイフは息子に手渡されます。

息子はナイフをズボンで拭おうとするのですが、

それを制して父がいうのです。

「拭うな。ナイフについた血は消えない」。

 

このセリフは

復讐心を忘れてしまっては生きていけない過酷な時代における

父から子へのメッセージととることができます。

 

意味深で、好きなセリフのひとつです。

 

ただ、それではいけないとも思うのです。

もし、自分の仲間が殺されたとしたら、

加害者に対する憎しみは一生消えることがないでしょう。

 

しかし憎しみは悲劇の連鎖を生みます。

 

ナイフについた血を

いつかだれかが拭わなくてはいけないのかもしれません。

Category : 映画

ブルース・リー

2007-01-25 17:00:00

昔々、プラトンという人が、「人間は考える葦である」といったという。

この言葉は名言としてよく知られている。

「考える」ことは昔からよしとされてきた。

 

しかし僕は昔から、

考えることによって得られるものを

いまひとつ信用できなかった。

理詰めで考えて、

答えにたどり着けるなんてテストの問題くらいで、

それ以外にはほとんどない。

 

こうなったらこうしよう、

なんて考えていても、

実際シミュレーションどおりになることなんてほとんどなくて、

その場になって反射的に判断しなければならなくなる。

 

それならば考えることなんてやめて、

直感や反射神経といった類の能力を

鍛えたほうがいいのではないだろうか。

 

映画「燃えよドラゴン」のなかでブルース・リーがいう。

「考えるな。感じるんだ」

ブルース・リーは、格闘技における重要事項として、この言葉を挙げている。

考えてから動いたのでは遅すぎる、ということだろう。

 

スピードが優先される場なら

考えずに殴ったほうが勝つ。

 

情報があふれ、考える材料が山のようにある現在、

あえて思考を止めて、直感に従うことも

大事なのかもしれない。

Category : 映画

七人の侍

2007-01-15 17:00:00

大学入学のときに買ったスーツを久しぶりに着てみたら、

キツくてたまらなかった。

 

おもな原因はぽっこりと膨らみはじめた

このお腹。いわゆる中年太りというやつだ。

 

ダイエットをはじめた。

ダイエットをはじめてあらためて気づいたけれど、

街には高カロリー食品があふれている。

からあげ、ハンバーガー、コーラetc。

 

そして、その一方で

ダイエット食品もあふれている。

クッキー、春雨ヌードル、こんにゃくゼリーetc。

 

今、日本では食に苦労する人は

ほとんどいないだろう。

 

いや、正確にいえば

食べられなくて苦労する人は

ほとんどいないだろう。

食べ過ぎて苦労する人は

僕をはじめ、たくさんいる。

 

やせるために努力する

というのは、

非常に不自然な感じを受ける。

それが自然か否かは問題ではない。

問題は感謝の気持ちが薄れていることだ。

食事というのは

生きるために

ほかの命をいただくという行為である。

それを忘れている人が多いのではないだろうか。

 

黒澤明監督の映画「七人の侍」に

こんなシーンがある。

志村喬演じる勘兵衛が、ご飯を食べさせてくれる百姓に向かっていうのだ。

「この飯、おろそかには食わぬぞ」

 

これは農民の気持ちを受け止めた上での言葉だけれど、

今の日本に、食事に対して

勘兵衛のような気持ちを抱ける人が

何人いるだろうか。

Category : 映画

ドラッグストアカウボーイ

2006-12-30 17:00:00

妙に心に残る言葉がある。なぜだか分からないが、心に響く言葉。「ドラッグストアカウボーイ」にこんな言葉が出てくる。
「鏡の裏側は見てはいけない。それは自分の後姿だからだ」
 
この映画は縁起担ぎのような言葉がいくつも出てくるのだが、なぜかこの言葉は特に印象深く心に残った。自分の後姿。見たい気もするが、見てはいけない気もたしかにする。「タブーに触れる」という言葉がびったりなこの感じ。なんだろう?好奇心と恐怖心が混ざり合う変な感情。いつか感じたことがある。記憶の糸をたどっていくと、小学校のころの記憶だった。
 
女子の間でこっくりさんが流行っていたのだけど、僕のなかではそれは魅力溢れるタブーだった。そこにあるなにか神秘的なものについて知りたくてたまらないのだけれど、踏み込んだらとりかえしのつかないことになるような気がしていた。
 
ちなみに映画に出てくるタブーのひとつに「ベッドの上の帽子」というのがある。ベッドの上に帽子を置くと、とてつもない災いが訪れるというのだ。映画の登場人物のひとりは、その禁を冒し、最悪の結末を迎える。というわけでこの映画を見て以来、僕の部屋には鏡もベッドもない。

Category : 映画

ロッキー4 炎の友情

2006-12-25 17:00:00

アドバイスというのは、具体的で分かりやすいものでなくてはならない。たとえば恋愛の相談。彼氏とうまくいかないと愚痴る女に対して、「大変だと思うけどまあ頑張ってうんぬん」。それではダメだ。相談者の気分はすっきりするかもしれないが、問題は解決しない。「別れなさい」なり「二人で話し合ったら?」などの解答が好ましい。
 
僕はロッキーシリーズが好きである。シリーズの最高傑作という人も多い「ロッキー4」で、宿敵・ドラゴにめった打ちされたロッキーは目を傷め、相手の姿が3つに見えるという状態に陥る。ロッキーのパンチが空を切る。ドラゴのパンチがクリーンヒットする。そのような危機的状況に対して、セコンドについていた義兄のポールのアドバイスが秀逸だ。
「真ん中を狙え!」という。
 
ここで「頑張れ!」だの「気合だ!」といっていたら、たぶんロッキーは負けていたのではないだろうか。ジョークっぽく事態の深刻さを否定しつつ、実は的確。理想的なアドバイスだと思う。

Category : 映画

レオン

2006-12-20 17:00:00

好き嫌いというのは、はっきりしているほどいい。あまり露骨に態度に表すと人間関係に支障をきたすことがあるので、適当に折り合いをつけなければならない。けれど、そのバランスはけっこう難しい。やりすぎはいけない。少なくとも自分のなかではしっかりと区別しておかなければいけない。周りに合わせて自分の好き嫌いをごまかして生きていると、そのうち何を好きなのか、何が嫌いなのか、自分でも分からなくなってしまう。価値観は人さまざまで、どんな価値観でもかまわないと思うけれど、好き嫌いの順位ははっきりしておかないといけない、とにかく。
 
リュック・ベッソン監督の傑作、「レオン」にこんなシーンがある。人を殺すことについて、講釈を垂れるレオンに対し、マチルダは自分のこめかみに銃を当てていう。
「私が欲しいのは愛か死。それだけ」。
マチルダにとってはなによりも愛が大切。極端な例ではあるけれど、こんなふうにはっきりいえるほど、大事なものがあるというのはうらやましいことだ、と思う。

Category : 映画

ドラえもん のび太とロボット王国

2006-12-10 17:00:00

男性なら、車やバイクをはじめて手に入れたときの気持ちが分かると思う。「どこへでもいける」という開放感と高揚感は、比べるものがちょっと思いあたらないくらいに強烈だ。僕がはじめて手に入れたのは、ホンダのDio。友達のお下がりだったけれど、うれしくてうれしくて、どこへいくにもDioに乗っていくようになった。大学へ、バイトへ、近所のコンビニへ。雪が降った日はさすがに無理だったけれど、それ以外は本当に毎日、Dioと一緒にどこかへ出かけた。
 
でもある日悲劇が起こった。事故ったのだ。僕は頭を6針縫い、Dioの車体はねじ曲がった。病院から帰ってきた僕がDioを修理に出そうとすると、バイクショップのお兄さんは、新しいの買ったほうが安いっすよ、という。
 
このときの僕の気持ちを的確に表した一言がある。映画「ドラえもん のび太とロボット王国」のなかで、ロボットは人間に従う道具であるべきだという意見に対し、のび太は叫ぶ。 
 「ちがう!ドラえもんは道具じゃない!友達だ!」
 
僕もお兄さんに「ちがう!」と叫びたかったが、「マジすか?あぁ~…でもやっぱ直してください」というにとどめた。さすがに小学生と同じセリフはいえない。

Category : 映画

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