蒼天航路
2007-02-28 17:00:00
高校生のころ、
人と同じであることを良しとする
日本人の感覚が大嫌いでした。
みんなが同じような服を着て、
同じような遊び方をして、
同じような話題をしゃべって…。
なぜみんながみんな
同じ方向を目指すのか、
なぜそのことについてだれも
疑問を持たないのか、
不思議でしょうがありませんでした。
だれもがだれかの真似をしているように見えました。
三国志を描いたマンガ「蒼天航路」にこういうセリフがあります。
李烈率いる軍団と対決することになった曹操。
始皇帝をあがめる李烈は
始皇帝の素晴らしさを長々と語り、
始皇帝との共通点を挙げることで、自分の行為を正当化しようとします。
しかし曹操はいいます。
「何人の真似もしなかったことこそ始皇帝の始たるゆえん」
尊敬する人の姿かたちや行為を真似しても、
何の意味もありません。
容姿や行為は表面的なものに過ぎませんし、
時代によって意味も変わります。
尊敬する人の真似をするなら、
その精神や思想、目指した方向性などを
真似するべきだと思うのです。
Category : マンガ美味しんぼ
2007-02-20 17:00:00
今の日本では、ほとんどの社会人が
普通自動車免許を持っていると思いますが、
僕は持っていません。
以前は持っていたのですが、
3度も事故を起こして
自分の運転技術に自信がなくなり、
もう二度と乗るまいと決心しました。
そうすると免許を更新する意欲が薄れて、
そうこうしているうちに更新受付期間がすぎて、
免許失効となりました。
今は後悔しています。
車に乗れないのは別にいいのですが、
レンタルビデオ店など、
身分証の提示を求められたとき、
不便でなりません。
また、免許を失ってから、
街を走る車に対する見方が変わりました。
料理マンガ「美味しんぼ」に
こういうセリフがあります。
頑固な芸術家、海原雄山の言葉です。
渋滞する車中、雄山は怒鳴ります。
「なんという混み方だ。
必要もない連中が車に乗るからだ!
馬鹿どもに車を与えるなっ!!」
なんという傲慢なセリフだ、
と思われるかもしれませんが、
僕もこういうふうに感じることがあります。
日本は車が多すぎます。
もう少し、減ればいいのに。
Category : マンガスラムダンク
2007-01-30 17:00:00
「なせばなる」という言葉が僕の座右の銘だ。
たいていの物事はなんとかなると信じている。
もちろん、才能や時間、運といったも影響するだろうけど、
一番大事なのは、やるか、やらないか。
結局のところ、人生なんてこの2択を繰り返しているだけなのかもしれない。
大事なのはやり続けること。
「継続は力なり」は僕の第二の座右の銘。
小さな努力でも毎日続ければ、信じられないくらいの
大きな成果を生む。
口でいうのは簡単だが、実行するのはなかなか難しい。
「スラムダンク」にこんなセリフがある。
わがチームのピンチを見つめていた湘北高校の監督、安西先生は微笑みながらこういうのだ。
「あきらめたらそこで試合終了ですよ」
あきらめてしまえば、終了のホイッスルがならずとも、試合は決してしまう。
大ヒットマンがだけに非常に有名なこの言葉は、
いったいどれだけの人を励ましてきたのだろうか。
僕も何度もこの言葉をつぶやいて頑張ってきた。
この言葉が僕の第三の座右の銘だ。
Category : マンガストッパー毒島
2007-01-20 17:00:00
しんどい。
若いころは1日2日徹夜したって
全然平気だったけれど、
最近はまったくだめである。
寝ないと体が動かない。
しかし寝ている間に仕事はできないわけで、
だからだましだましやるしかないのだけれど、
体が悲鳴を上げている。
気持ちに体がついてきてくれない。
腰。手首。目。
さらに睡眠障害。
最近は精神的にも余裕がなくなってきた。
同僚の優しい気遣いさえ、わずらわしく感じてしまう。
原因は分かっている。
力みすぎ。
集中しすぎなのだ。
仕事をしているときは食欲もなくなるし、
だれとも話したくなくなる。
もっと力を抜いてやれればいいのだけれど、
どうにもうまくいかない。
休むときはなにもしたくないし、
仕事するときはすべてを集中させたい。
0か100かという性格なのだ。
マンガ「ストッパー毒島」にこんなセリフがある。
毒島のリラックスした投球練習を見て、マスコット兼投手コーチのチックくんがいう。
「8割の力で投げられるようになったら一人前だ」。
今の調子で仕事を続けていたら、
とてもじゃないが9回裏まで投げ続けるのは無理だ。
先発の最低ラインである5回までだって危うい。
早く8割のピッチングを覚えないと。
Category : マンガBECK
2007-01-10 17:00:00
ここ数年「子供に対する体罰はいけない」という風潮が高まっている。
それに対して、ある程度の体罰は必要だ、という意見もよく耳にする。
どちらの意見も一理あるとは思うけれど、
私は個人的には体罰賛成派である。
賛成というよりは、体罰排除論に反対といったほうがいいかもしれない。
世の中は理不尽だ。
思うようにならないことはいっぱいあるし、
理由もなく殴られることだってある。
そういうことを子供のうちに知っておかないと、
対処法を学んでおいたほうが
いいのではないかと思う。
マンガ「BECK」にこんなシーンがある。
中学生?のコユキが市民プールの名物おじさん、
斉藤さんにはじめて話しかけたとき、
斉藤さんは、対決を提案する。
斉藤さんは元オリンピック強化選手で、
勝負は圧倒的にコユキが不利。
「私が勝ったら君を殴る」と
有無をいわさずルールを決める斉藤さん。
「えぇ!?なぜ!?」
と驚くしかないコユキに斉藤さんは、
こういうのだ。
「むしゃくしゃしてるからだ。
大人にはつらいことがいっぱいあるんだ」
世の中は理不尽だ。
それを子供に伝える大人も、
少しくらいは必要だと思う。
Category : マンガHUNTER×HUNTER
2007-01-05 17:00:00
自分でいうのもなんだが
僕は時間にルーズだ。
10分20分の遅刻は当たり前。
昼に待ち合わせして、
夕方に家を出る
なんてこともある。
あるとき、恋人と遊ぶ約束をした。
待ち合わせは午後3時。駅前。
30分遅れていってみると、彼女はいなかった。
何度ケータイを鳴らしても
出ない。
仕方ないので家に帰った。
後日連絡してみると、彼女ものすごく怒っていた。
どうやら時間に遅れたことよりも
時間に対する僕の考え方に
怒っているようだった。
彼女いわく
「あなたは自立できていない」とのこと。
たしかにそうかもしれない。
僕は素直に同意した。
たかが30分じゃないか、なんていえる雰囲気じゃない。
結局あとで食事をごちそうするということで、
ようやく彼女の怒りはおさまった。
漫画「HUNTER×HUNTER」にこんなセリフがある。
「その人を知りたければ
何に対して怒りを感じるか知れ」
待ち合わせに遅れて友達に怒られた僕は、
彼女の価値観や考え方の核心に触れた気がした。
今回の食事代は勉強料と考えれば
それほど高いものではないかもしれない。
Category : マンガこちら葛飾区亀有交番前派出所
2006-11-30 17:00:00
おじいちゃんは無口な人だった。
余計なことはいわずに、やるべきことをやる、
そんなタイプの人だった。
僕はおじいちゃんにかわいがられていた。
会話はなかったけれど、それでも愛情は感じた。
兄はおじいちゃんによく怒られていた。
おじいちゃんは口より先に手が出る。
相手が倒れたら今度は足が出る。
だけど僕は一度も怒られたことがない。
僕が小学生のころ、兄と二階でプロレスごっこをやっていた。
布団を引いてリングに見立てて、相手を叩きつける。
しかし体の大きな兄にはかなうはずもなく、僕はおもに投げられ役。
だけどとても楽しかった。
兄が僕にパワーボムを決めたとき、階段の下からおじいちゃんが叫んだ。
「やかましいぞっ!」
無口なおじいちゃんが叫ぶっていうことは、かなり危険な状態なのだけど、エキサイトしている僕たちは止まらない。
兄が僕にバックドロップを決める。
するとドタ!ドタ!ドタ!とすごい勢いでおじいちゃんが階段をのぼってきて、ドアをバシーン!とドアを開けてまっすぐ兄のほうへ向かい、ほほをバチーン!
そして、そのまま階段を降りていった。
僕は殴られなかった。
「こちら葛飾区亀有公園前派出所」の6巻にこんなシーンがある。
顔見知りのスリ師の犯行現場を押さえる大原部長。
部下の中川が手錠をかけようとすると、大原部長がそれを制して、自分で連行するという。
部下たちから離れ、説教の1つでもして見逃すのかと思いきや、部長はこういうのだ。
「罪は罪だ。あと始末はキチッとつけるんだ」
優しくするだけが愛情じゃない。
大原部長に逮捕されたスリは、たぶんうれしかったと思う。
僕もあのとき、おじいちゃんに殴ってほしかった。
天使な小生意気
2006-11-25 17:00:00
カッコ良くなりたい。
物心ついたときからそう思っていた。
夢だった、といってもいいかもしれない。
でもカッコ良くなるために、具体的にどうすればいいのか、分からなかった。
どうすればカッコ良くなれるのか、誰も教えてくれなかった。
大人たちがカッコいいという言葉を使うときは、大抵、見栄えのいい人のことを指していた。
高校生になると、友だちは外見に気を使うようになった。
だけど僕は服にお金をかけたこともないし、洗顔に気を使ったりすることもなかった。
オシャレというのは、カッコいい・悪いとは別の次元の話である。
オシャレが趣味という人はいいと思うが、「モテる」ために外見だけ見栄え良く整えるなんて、男のやることじゃない。
ファッション誌を買っておしゃれの勉強、なんて僕にとってはむしろ、カッコ悪い行為だった。
「カッコ良くなる」というのは「目的」ではなく、「結果」であるべきだ。
それからかなりの月日が流れ、僕は27歳になった。
自分をカッコいいと思ったこともなければ、だれかにそういわれたこともない。
けれど、どうすればカッコ良くなれるのか、ようやく分かってきた。
西森博之の漫画「道士郎でござる」の中に、こんなセリフがある。
好きな子の前で女装する羽目になった不良高校生・源蔵が、自信満々でこういうのだ。
「男ってモンはどんな時でも姿でも…堂々としてりゃカッコ良く見えるもんなんだよ」。
ヤンキー少年の言葉は、大人たちの言葉よりもずっと分かりやすい。
美味しんぼ
2006-11-19 17:00:00
過ぎたるは及ばざるがごとし、ということわざがあるように、ものごとにはちょうどいいライン、というのがある。
お金に関してもそうだ。
稼げば稼ぐほどいい、と考える人も多いだろうが、多けりゃいいってもんじゃない。
使い切れないお金に、何の意味があるのだろう?
未来に対する保険ということなら意味はあるのかもしれない。
だけど、起こるかどうかも分からない未来の災難に対して、必死になってお金を稼ぐなんて、何のために生きているのか分からない。
稼いだ人が勝ち、みたいな風潮にはちょっと疑問を感じてしまう。
お金は必要だが重要ではない、というようなことをいう人も少なくない。
だがそれらは単なる負け惜しみだったり、その場の雰囲気に任せてしゃべっているだけだったりすることがほとんどだ。
料理マンガ「美味しんぼ」に、こんなセリフがある。
料理店のオヤジが貧しい25歳の青年にいうのだ。
「いいかい学生さん,トンカツをな、トンカツをいつでも食えるくらいになりなよ。
それが、人間えら過ぎもしない貧乏過ぎもしない、ちょうどいいくらいってとこなんだ」
トンカツ定食の値段は店によって差があるけれど、安さをウリにしている店を除くと、1千円と2千円の間というところが一般的だろう。
ちょうどいい経済状態を表す目安として、この「トンカツをいつでも食える」という条件設定は、非常に共感できる。
トンカツを食べるたびに、思い出す一言だ。
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